野党外交

笠井亮の国際活動を、論文や講演などからピックアップ。

「日本共産党を語るつどい」から

戦争のない世界への役割発揮を---日本への期待にこたえよう

 この間、国際局次長・元参議院議員の笠井亮さんは、各地で開かれた「党を語るつどい」で講演。野党外交をすすめるなかでうきぼりになる日本共産党の役割と期待の高まりがリアルに語られ、参加者からは、「すばらしい話でした。今日の話を聞いて、もっとがんばろうと思いました」「世界の情勢をわかりやすく話され、感動しました」などの感想がよせられています。笠井さんのお話のなかから、後半部分を中心に紹介します。(編集部)

 笠井さんは、まず、都議選の結果をどうみるか、「二大政党づくり」を打ち破る手がかりをつかんだ選挙だったことを、みずからの実感もふくめて語りました。つづいて、「世界の大陸のなかで一番変化している」地球の裏側のラテンアメリカでの大陸的な変化を、メキシコの新聞の地図も紹介しながら説明。国民本位の政治をめざす政権が選挙による多数の国民の選択によって、つぎつぎ誕生し、国民参加型の民主主義による国づくりがすすめられていること、こうした国々と、日本共産党との新しい関係が発展しつつあることを、緒方靖夫国際局長らのベネズエラ訪問のようすもふくめ、くわしく述べました。そしていま、世界の流れと歩みをともにしているのが日本共産党であり、日本にたいして世界はどのような期待をしているのかについて、六月のマレーシアでの国際会議の体験にもふれながら、次のように語りました。

戦後六十年---世界の流れと日本共産党

 アメリカのわがまま勝手にたいして、ラテンアメリカをはじめ五大陸で、平和、自立の社会をめざす力強い動きが広がっているし、世界を変える大きな力になることは間違いないと思います。そうした流れと歩みをともにしているのが、私たち日本共産党だとみなさんにご報告したいと思います。

アップした共産党の知名度

 私は六月、マレーシアのクアラルンプールで開かれた第十九回アジア太平洋円卓会議に参加しました。毎年開かれ、三百人くらいが大きな部屋で、テーブルを囲んで平和と安全保障について話し合うものです。アジア各国を中心に太平洋から、六十二カ国の現職閣僚をふくむ政府幹部、外交官、研究者などが個人の資格で参加し、自由に討論します。日本共産党からは、二〇〇二年から毎年参加しています。私は一昨年についで二度目でしたが、招待されていってみると、政党から参加しているのは、タイの元外務大臣と、日本共産党の私、二人だけだったんです。日本共産党はいま、そういう存在としてアジアでもみられているという実感をあらためてもちました。
 この間の野党外交の発展のなかで、日本共産党の知名度がアップし、なじみになってきています。主催者でマレーシア戦略国際問題研究所の所長が、「ようこそ、再びおこしくださいました」と歓迎してくれました。参加者ともあちこちで、「しばらくぶり。元気だったかい。覚えているよ」と再会のあいさつをして、さらに交流を深めました。
 二年前は、韓国の外務省の若手外交官が、私の名刺を見て、じーっと私の顔と名刺を見比べながら、不思議そうな顔をしたんですね。「私は学校の授業で、共産党員は人間じゃないと教わってきた。モンスター、怪物だといわれてきた。しかも角がはえていると、ほんとうに教わったんだ」といわれたものでした。でも日本共産党がつきあいを広げてきて、二年たって違和感なく、多くの人々から「またきたね」といわれるようになってきていました。

アジアで広がる平和の流れを実感

 今回の会議では、アメリカでの9・11同時多発テロをはじめとして、絶対にテロはだめだと、イスラムの人もキリスト教の人も仏教国の人もみんないいました。そういう対話と共同の場になりました。テロは戦争ではなくならない、うそをついてイラクで戦争をやるような超大国・アメリカ好みの世界ではなくて、国連中心に、平和の世界のしくみをつくろうじゃないか。圧倒的にそういう意見なんです。日本共産党がいっていることと同じような気持ちをみんなもっている。太い流れになっています。
 マレーシアのアブドラ首相が、アメリカの政府関係者も前にしながらの基調演説で、「アジア太平洋のこの地域で、軍事同盟は強化する必要はない。そんなことをやったらますます不安定になる。もっとも大きな国が世界のルールを破っているじゃないか。もっとみんなが守らなきゃいけない」と堂々といいました。そういう雰囲気なんです。アメリカの政府関係者はえらそうな顔ができなくて、「私たちもいっしょにやりたい。共同を努力してやろうと思っている」というと、「それなら、いったいイラク戦争はなんだ」と、こういう反応が返ってきて、きびしい批判にさらされていました。
 アジアでも、東南アジア諸国とともに、中国、韓国、日本などが一緒になって「東アジア共同体」をつくろうという流れが大きくなり、今年十二月には首脳会議、サミットを開いて具体化しようということになっています。アメリカとのつきあいは大事にするけれども、アジアのことはアジアで決めよう、ほかの地域から介入されずにやっていこう、そういう努力を重ねていこうという意気込みを感じました。

「早く共産党のいう政権をつくってくれ」

 日本の政府はどうかというと、「アジアではなくて、アメリカばかりに顔を向けている」と不評で、「あなた方、日本共産党はどういうふうに考えていますか?」と聞かれました。「私たちは、アジアのみなさんと一緒です。東アジアでやっているような共同の流れ、平和で豊かな世の中をみんなでつくっていこう、ともに歩み合流しようと思っています。異常なアメリカいいなりの政治から抜け出し、日米軍事同盟をやめて、アメリカとは対等平等の友好の関係になって、どの国とも軍事のとりきめをやらない、非同盟に加わっていこうと考えています」というと、「それはいいね。だけど、そういうすばらしい政権を、いったいいつになったらつくってくれるんだ。早くつくってほしい」と、強烈な期待がいつも寄せられる。日本共産党がめざしている綱領の中身を紹介すると、こういう反響がかえってきます。
 戦後六十年のいまこそ、世界やアジアの流れに合流し、海外からの強い期待にこたえて、信頼され、国連でもふさわしい役割を果たせるような日本にする、日本の外交をつくるときではないでしょうか。ご一緒にがんばりたいと思います。

靖国問題での党の提案に広がる共感

 いま、戦争のない世界、平和な世界をという流れは、ラテンアメリカやアジアだけではなく、中東、アフリカ、ヨーロッパなど世界に広がり、それをどうやって実現するかをみんなが真剣に考えているときです。それだけに、海外からの日本への期待には、単にアジアの一つの国ということにとどまらない、特別の意味があるとみんながいうんです。「あなた方日本には、平和の憲法九条があるじゃないか。広島、長崎の体験をもっているじゃないか。勤勉で、技術力が高くて、そして経済大国だったじゃないか。そういう日本がアジアの一員として、力をあわせて世界と一緒にやったら、すごいことができる。もっと二十一世紀が早いテンポで前進して、戦争のない世界に向かって近づいていくことができるじゃないか。だからがんばってほしい」と。
 ところが日本の現実の外交はどうか。さっきも不評といいましたが、不評どころかその期待と信頼を裏切ることばかりで、流れに逆行して、自分でゆきづまっているというのが今日の事態だと思います。

「これ!これ!」と『靖国』パンフに大きな関心

 一番の焦点が、いま大問題の小泉首相の靖国神社への参拝と、真実をゆがめて子どもたちに教えようとする歴史教科書の問題です。あの戦争が終わって六十年、いよいよ新しい平和の世界に向かわないといけない、中国や韓国をはじめ、アジア諸国ともっと仲良くしなければならないときに、いまほど関係が悪くなっているときはない、というところにまできています。
 五月十二日に「日本外交のゆきづまりをどう打開するか」というテーマで不破議長の時局報告会が開催されました。パンフレットになっています。「しんぶん赤旗」にも「"靖国史観"とアメリカ」など、いくつかの論評が出ました。アジア太平洋円卓会議でも、その英語訳を渡しながら、各国の人たちと話してきました。だれもが、「これ!これ!」と関心をもって見るんです。会議のテーマには靖国問題はないんですが、会議中に一生懸命読んでいる人がいるという状況でした。
 私は、日本では戦争体験のある方ならよく知っているんだけれども、「靖国で会おう、靖国のある九段で会おう」ということを合い言葉にして、若い人たちが戦争に駆り出されたように、靖国神社は軍国主義のシンボルだった、誰も忘れないんだと説明しました。そして問題は、靖国神社がいまなお、「あれは自存自衛、アジア解放のための正しい戦争だった」と、戦争指導者と同じ言葉で、侵略戦争を正当化し、その宣伝センターになっていることだと説明しました。この主張からすれば、自分たちは正しかった、悪かったのは相手側、あなた方ということになるんだ、と話しました。「遊就館」という戦争博物館があって、ゼロ戦がどんと飾ってある。中国、アメリカが悪かったと口をきわめて書いてある。一九四一年十二月八日の真珠湾攻撃も、"アメリカのルーズベルト大統領が大恐慌から逃れるために日本に開戦を強要した"と、太平洋戦争の原因はアメリカにあるといっている、と紹介しました。
 説明しながら、あらためて思いました。あの侵略戦争で、アジアの二千万人以上の尊い命を奪って、日本国民三百十万人以上が犠牲となった、その一人一人にかけがえのない人生があった。それに加えて、家族、恋人、友人など、何倍もの人たちの人生が狂わされたんだ。それが日本がやった侵略戦争だった。その侵略戦争を正しい戦争だったと歴史を偽ることは断じて許されないと、あらためて怒りをもちました。

日本共産党の提案に「いちいち賛成」と

 アジアの参加者からは、あの時代に思いをはせて、あるいはおじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんから聞いたということを思い起こしながら、口々に強烈なコメントがありました。
 マレーシアの外務省のある人は、「A級戦犯もまつっている神社が、いまもあの戦争を正しかったと宣伝しているのか」と驚いて怒りをあらわにしました。香港の女性は、「ドイツのネオ・ナチに匹敵するような運動体として、いまなおそういう運動をやっているのか」といいました。タイの若手大学助教授は、「歴史問題にきちんと対処したドイツと比べ、日本は問題だ」といいました。そして、このパンフに書いてある日本共産党の提案
(1)首相の靖国神社参拝の中止、(2)「植民地支配と侵略」への反省を教科書に反映させる、(3)アジア近隣諸国との平和の関係を探求する大戦略をもつ
にたいして、「いちいち賛成だ」というんです。「小泉首相は参拝を中止すべきだ」「教科書も真実を書かなかったら、アジアとの未来の関係は築けない」「あなた方がいうように日本の外交は平和の戦略、ポリシーがない、政策がないことがよくわかった。がんばってくれよ」。こういう話でした。「そんな政府は変えなきゃいけません」という声は痛烈でした。
 「近く私は東京の国際会議にいくので、靖国にはぜひ見にいってみたい。あそこには、英語の解説があるのでしょうか」という質問も受けました。とくに、「この問題を解決しないと、日中、日韓だけじゃなくて、アジア全体との関係の発展の障害になる。だって東アジア共同体をつくろうというときです。平和の共同体をつくろうというときに、戦争は正しかったという政府、首相がいるわけですから、関係がよくなるわけがないじゃないか」といわれたのが非常に印象的でした。
 アメリカ・ハワイからの参加者にも聞いてみました。真珠湾のお膝元ですから。どういうコメントをするかなと待っていましたら、「こういうのがほしかったんだ」と読んでくれ、「靖国の攻撃の矛先が、アメリカをはじめとして反ファッショの連合国にある。この論評で指摘している問題はその通りだ、賛成だ。アメリカはこのことを知って、何かしなきゃいけない」。こういいました。

道理ある見方、提案が世界を動かしつつある

 国会でも、志位委員長が小泉首相に追及しました。「こういう神社に参拝することは、侵略戦争を正当化するという靖国神社の戦争観に、政府がお墨付きを与えることになる」と追及したら、小泉首相は、「靖国の考えは政府の考えと違う」といわざるを得ませんでした。しかし、参拝をやめるとは決していいません。
 なぜ小泉首相がこんなにこだわるのか。いろいろ調べてみると、そこには、「靖国」派の年来の願い、要求があります。総理大臣が参拝をする、毎年くるということをもって、靖国は正しい、政府はそういっているんだと戦争の正当化を公認させて、神社の存在をさらに誇示していこうということがかねてからの要求のようです。それを真っ正面から受けとめて毎年参拝しているのが小泉首相です。義理立てしているわけですね。でもそれがこだわりになっているとしたら、まったく逆さまの話です。
 日本のマスコミもいま、同じように批判するようになってきました。産経新聞を除いて、各新聞が参拝を中止せよ、けしからんということで社説を書くようになりました。
 『週刊東洋経済』という経済誌は、「アジアの信頼損ない、国益にも反する」と題して、「靖国史観」は「特異な歴史観」だと、厳しく批判しています。世論も過半数が参拝やめろ、保守政治家のなかにも、考え直せ、やめた方がいいという声が、どんどんでています。
 注目すべきことは、日本だけでなくアメリカや、ヨーロッパ、世界のあちこちに、怒りが広がってきていることです。アメリカのニューヨーク・タイムズやアメリカ最大の全国紙USAトゥデー、さらにフランスのルモンドも、「靖国史観」の問題をとりあげました。どれも、靖国神社が侵略戦争を正しかったとする正当化の運動をすすめていることに、ほとんどのアジア人やアメリカ人やヨーロッパ人が受け入れることができないものだ、という強烈な批判です。
 不破議長が講演でこの問題を提起してから二カ月足らずです。この間に起こった変化は、道理ある見方、提案、主張のもつ力をしめしています。そういう役割を日本共産党がこの問題でも果たしていることを実感しています。
 国連憲章がはっきりうたっているように、あのような侵略戦争を二度と再び許さないことは、戦後の国際政治の原点です。小泉首相が靖国参拝にしがみつくことは、その原点を否定するものであり、アジアのみならず世界との関係を台無しにするものです。いまこそこだわりを捨てて、参拝中止を決断すべきです。あらためてみなさんとともに強く求めていきたいと思います。

憲法改悪にアジアから強い批判

 いま日本では、侵略戦争の正当化とともに、日本国憲法まで改悪しようという動きが重大化しています。いったいどこをどう変えようとしているでしょうか。共通しているのは、戦力をもたないと明記した憲法九条の第二項を変えようとしていることです。自民党の案でも九条二項を書き換えて「自衛軍」をもてるようにするとしています。アメリカと一緒に「海外で戦争をする国」につくりかえることだということが、はっきりしてきました。

侵略戦争を反省していない国が憲法を変えたら

 「自衛隊は現に存在しているんだから、存在しているものを書くくらいならいいのでは」という声も聞こえてきます。しかし、そういうことでは決してすまないのです。歴代政府がこれまでいってきたのは、自衛隊は、「専守防衛」だという理屈でした。もっぱら守るだけを任務としているのだから、ほかの国の軍隊とは違う、戦力ではないから憲法違反にあたらないというものです。もちろん実際には軍備を拡大してきましたが、いくら解釈を変え拡大しても、海外で武力を行使するということまではできないできました。
 だからこそ、イラク戦争のような国連も認めない侵略戦争を支持し、自衛隊を派兵させていることも、小泉首相は、「非戦闘地域にいくから大丈夫」、「自衛隊のいるところが非戦闘地域」などという苦し紛れの答弁をせざるをえなかったのです。そんなへ理屈が通用しないことを浮き彫りにしたのが、先日のサマワでの自衛隊車列への攻撃事件でした。もう撤退しかありません。
 ところが、九条二項を変えて自衛隊を軍隊として認めると、今後はいっさいの制約もなく、米軍と一緒にどこででも武力行使できる「海外で戦争をする国」になるというわけです。
 こういう動きに、アジアでも強い批判があがっています。共通しているのは、侵略戦争を反省していない国が憲法を変えるということにたいする不安と怒りと批判です。あの戦争は正しかったといって、戦争の善悪の区別もつかないような勢力が、憲法を変えて海外に乗り出して、武力を使うということになったら、またあの悪夢が再現するんじゃないか。私はそういう怒りを聞いて、当然だと思いました。

「九条守れ」が世界と日本の人たちの思い

 そんな日本を日本国民はもちろん、アジアも世界もけっして望んでいません。最近の改憲の動きは、二度と戦争をしない、軍隊をもたない、世界がそれを見習おうといっている九条の原点、日本の世界への約束を捨て去って、逆の方向にいこうとしているものにほかなりません。
 六月二十三日は、沖縄戦終結六十年の日でした。今年の追悼式で、沖縄の小学六年生の上原凛(りん)くんが、自分のつくった「平和な今」という詩を読みました。感動的なものでした。
 「ぼくは戦争を知らない/戦争は人の命をうばい/すべてのものをうばうという/そんな戦争が今でもどこかで続いている/どうして?」。
こう自問し、つづけてこう述べました。
「今ぼくにできること/仲間を大切に思うこと/仲間と協力し合うこと/そして/いやだと思うことは/はっきりNOといえること」、
「戦争がいやだといえること/戦争のこわさを伝えていくこと/そして/みんなで平和を願うこと」。
 私は、先ほど紹介したラテンアメリカやアジア、世界で広がっている流れと同じ思いを、沖縄の小学校六年生の上原くんがもっていると感じました。それが、まさに日本共産党が考えていることであり、戦後六十年、二十一世紀の日本と世界の圧倒的な人たちの思いだと確信しながら聞きました。
 その感動もさめやらぬ間に、次に来賓あいさつしたのが、かの小泉首相でした。そういう思いをいうどころか、「在日米軍の抑止力を維持する」などと、あいかわらず軍事に頼っていくという考えをのべたわけです。私は、上原くんの読み上げた詩の内容こそ、日本の首相のあいさつにふさわしい、上原くんが大人だったらな、そんな気持ちになりました。

日本と世界の共有財産=憲法九条を守るために

 いま、憲法改悪をアメリカの要求のもとに、自民、公明、民主の各党が、競い合ってすすめようとしているだけに、事態は緊迫しています。
 しかし、憲法を守れ、自由と民主主義、平和を守れ、核兵器をなくせと声を上げる団体、個人が全国の草の根で活発にがんばっている、戦争体験者の多くが、命と人生をかけて立ち上がって、体験のない世代も事実を知って声を上げて、行動しています。日本の知性と良心を代表する方々が中心になって「九条の会」がつくられて一年、全国には三千をこえる「九条の会」ができています。なにより、日本共産党が戦前と違って公然と活動して、国会や地方議会でも、何より草の根の支部でがんばっています。
 世論調査でも「九条を守れ」が多数です。「九条を変えたほうがいい」とか、「自衛隊の存在を明記したほうがいい」という人でも、「日本も海外で戦争をする国にしていいか」と聞かれれば、「いけない」という人が八割以上という数字も出ています。国会では、憲法改悪が多数派のようにみえても、国民のなかでは憲法改悪、「戦争をする国」にするというのは、少数派にすぎません。お互いに確信をもって幅広い共同をすすめて、命がけで戦争反対をつらぬいてきた日本共産党の躍進で、日本国民と世界の共有財産となっている九条を、いっしょに守りぬいていく。そういうときではないでしょうか。

光っている日本共産党の八十三年の歴史

 いまほど、日本共産党の八十三年の歴史が光っているときはないと、海外でも実感しました。マレーシアの会議で、日本共産党を自己紹介する英文リーフレットを受け取って、ある女性がいいました。「一九二二年七月十五日創立と書いてあるけれども、そんなに古いのか」と。「そうなんです。日本で一番古い、しにせの党なんです」と答えると、「さぞ戦前は大変な迫害を受けたでしょうね」といわれました。
 別の機会に、韓国野党の女性国会議員が、名刺交換するなり、「日本共産党」という文字を見て「共産党という名前を変えたら」といったんです。けれども、私たちがその後に、日本共産党の歴史はこうです、いまこういう活動をしているので一緒にやりましょうということをみんなの前で話したら、その女性が顔色を変えて飛んできました。「さっきはごめんなさい。大変失礼なことを言って申し訳なかった。あなた方の共産党は、名前を変えなくていい。とくに戦前の二十三年間、非合法の暗い時代に、命がけで侵略戦争に反対したために、激しい弾圧と大きな犠牲を受けた党であることがよくわかった。それだけでも日本の政党のなかで一番値打ちのある政党だと感銘した。がんばってください」。こういう激励に変わりました。ほんとうにうれしかったです。
 戦前、日本の良心を代表する作家の小林多喜二をはじめ、命がけでがんばりぬいた先輩たち、戦前戦後、さまざま事態を乗り越えてこの党をつくり、大きくし、支え、応援してくださったみなさんのおかげで、今日、この党があることを、これほど誇りに思ったことはありませんでした。こういう党のほんとうの姿を、もっとアジアや世界の人に、何より、日本の国民のみなさんに知ってもらいたい、と痛切に感じました。がんばりたいと思います。

党の力を強く大きく

 最後になりますが、日本共産党の存在がアジアでもなじみになりつつあると最初に申し上げました。とはいっても、まだまだめずらしい人が多いんです。名前をみてギョッとする人もいます。その存在が、私たちが自覚している以上に目立っているんですね。
 そういうなかで必ず聞かれる質問があるんです。最初にみんなが聞くのが、「党員は何人いるんですか?」。つづいて、国会議員数、主な政策と目標、そして地方ではどうやってがんばっているか、などです。

「四十万党員はわが国の人口より多い」「読者はどのくらい増えた?」

 ある東南アジアの外交官はいいました、「党員が四十万人もいるとは、わが国の総人口より多い」。地方議員が第一党で四千人近いというと、この数も驚きだといいました。また二年ぶりに会ったある人は、「以前に聞いたときと比べて、『しんぶん赤旗』読者の方はどれくらい増えましたか」。海外にいっても点検されるような思いです。「来年の党大会にむけて、もっと力をつけなきゃということで党員も読者も大いに増やす大運動をやっています」といいますと、「その目標はすごい、意欲的だからがんばってください。結果を待っています」といわれました。次回は報告しなければいけません。
 こうした数字を紹介するたびに、わかってもらったのは単なる数字ではありません。四十万の党員、百七十万の読者、四千人の地方議員、十八人の国会議員、そういう数の向こうに、ここにおられるみなさんをはじめ、全国で、草の根でがんばっている、毎日、「赤旗」を配ったり、ビラを配ったり、対話し支持を広げたり、要求実現の運動をしたり、そういうみなさんの姿を間接的にみてもらって、「草の根に強い党だな」と思ってもらっているんだということです。
 みなさんのがんばりがあってこそ、日本共産党は、それだけ日本の大地にしっかり根をはって国民から支持を受けているからこそ、単にいいアイデア集団ではなくて、大事なときに大事な問題で、ちゃんと話し合いや交流ができて、各国の政府とも共同できる、「日本にアジアや世界と気心が通じる政党がある」と、発見してもらえるわけです。
 同時に、「国会にも議員がいることはわかったが、何人中の何人か?」と聞かれ、七百二十二人(衆議院四百八十人、参議院二百四十二人)という定数を紹介するたびに、もっともっと力をつけ、議席を増やさなければと思います。来るべき総選挙では、新しい日本の政治をきりひらくために、必ず前進を、と決意して帰ってきたところです。
 いま、自民党、民主党が「二大政党づくり」といいたてています。財界が仕掛けて、マスコミが応援する。しかし、その先にあるのは、二十一世紀の明るい未来でしょうか。消費税大増税で暮らしは大変、憲法改悪で「海外で戦争をする国」にし、青年には仕事がない、弱肉強食の「勝ち組・負け組」がつくられるという、人に冷たい社会。そんな暗い社会をつくりだす勢力と、そうではなくてラテンアメリカやアジア、世界のあちこちで模索している流れと同じ思いをもって、この日本で「国民が主人公」の新しい国づくりをすすめようとがんばっている勢力、日本共産党が激しく競い合っている状況だと思います。
 日本共産党は、日米安保をなくしてほんとうの独立を、憲法を守って、国づくりに生かしていこう、ルールある経済社会をつくるために民主的な改革をすすめ、さらに一歩一歩、国民多数の意思で、新しい、人間連帯の社会をつくろう、未来社会をつくろうというのが目標です。一人ひとりの命と人生を大事にする、連帯の社会を実現するために、いままで応援団でお手伝いいただいた方にも、ぜひ日本共産党に入って一緒にがんばってほしいというのが、いま、私たちの訴えたいことです。

両親の思いを引き継いで

 私自身は三十四年前にこの党と出合って、ほんとうによかったと思っています。きっかけは、両親でした。といっても新潟で生まれて育った私の父は、共産党とは無縁だけど、まじめなサラリーマンでした。「ともかく、まじめに人につくす人間になれ」ということを教えてくれました。広島で原爆の被害を受けた母は、「二度とあの悲劇をくりかえしてはいけない」と、毎年八月六日の八時十五分にラジオ、だんだんにテレビの前であの日の話をしてくれながら、いっしょに黙とうしました。
 これらの二つの言葉を胸に育った私が青年時代に出合ったのが日本共産党で、両親が教えてくれたのと、ぴったりの党でした。だから自然の結論として入党できたことを両親に感謝しています。ところが両親のほうは、「共産党と無縁だった私たちのいったことの結論が、なんで共産党ということになるのか」とびっくりしまして、最初は猛反対しました。だけど、息子はやめそうになくて、がんばっている、その共産党が傾いたら大変だと思い始めた。やはり親です。そして、共産党を理解しよう、世の中のほんとうのことを知ろうと「しんぶん赤旗」を読み、支持してくれるようになりました。
 十三年前の七月十九日、私が初めて参議院選挙に立候補した選挙の最終盤に父は亡くなりました。母は、看病疲れでその年の暮れに脳梗塞で倒れ、十三年間介護してきましたが、この五月に再発し、この間ようやく退院しましたが、まともに会話ができなくなりました。だから今年は、八月六日に、毎年聞いたあの話が聞けなくなりました。でも、いまもがんばって生きている。そういう思いを引き継いで、平和のため、核兵器廃絶のため、人につくす、そういう人生を送るために、がんばりぬかなければ、と思っています。

ともに歴史の歯車を前に進める生き方を

 一人ひとり、かけがえのない人生です。そして、歴史の歯車を一歩でも二歩でも前に進める、この仕事は一人じゃできません。みんなでやることです。一人でも多くの人と一緒にやることです。そんな気持ちで人生を送っている人間集団が日本共産党で、全国に四十万人います。私も、支部や議員のみなさんと一緒に行動し、多くの方々と対話し、また党に入っていただきました。これからの人生、日本共産党とともに生きようと決意をされた方ばかりです。この世の中、よくしたい、その気持ちがあればご一緒できます。
 この会場でも、これから考えてみようという方は、この機会にぜひ日本共産党に入っていただきたい。「しんぶん赤旗」を読んでおられない方はぜひ読んでいただいて、広げていただきたい。そして、すばらしい日本の未来をともに築こうではありませんか。私自身もそういう決意でがんばりぬきたい、そのことを申し上げて話を閉じたいと思います。

会場からの質問に答えて

 つどいの後半には、会場からよせられた質問に笠井さんが回答。ヨーロッパに滞在した経験や、都議選での活動なども紹介しながらの話に、会場はときに笑いにつつまれるなど、なごやかにすすみました。そのなかからいくつかを紹介します。

「仕事が大変」---だからこそ考えてほしい

 「共産党から入党をすすめられたけれども、仕事が大変で、いまは考えられない」
 大変ということは、ごもっともです。私は、どうしてみなさんがこんなに仕事が大変になっているのか、そこをお互い、考えるときじゃないかということを申し上げたいと思います。
 働けど、働けど、という気持ちをみんなもっています。でも、日本のように、あまりに大企業が横暴勝手で、ぼろもうけしているという状況を野放しにしている政治はないと思うんです。暮らしや権利を支えるルールというのがあまりになさすぎます。私はヨーロッパに住んだことがあって、間近に垣間見る機会がありましたが、夏には長期のバカンス、有給休暇も完全に保障され、残業それ自体がほとんどありません。日本のようなリストラやり放題、ただ働きのサービス残業の横行など、ヨーロッパでは信じられないことです。
 どの分野でもこうした現実が仕事を大変にして、考えられないような状況をつくってしまっているんじゃないでしょうか。しかし、このままではますます悪くなるし、共産党の活動をする余裕がなくなるどころか、生きていく余裕すらなくなってしまうわけですね。そういうゆがみをただすために「日本改革」をしようとよびかけて、運動の先頭に立とうというのが共産党です。仕事が大変だからこそ、日本共産党の一員として、どうやったらもっとゆとりをもって、みんなが少しでもよくなっていく方向になるか。一つでも二つでもやれることをやろうじゃないかと、そういうふうに考えていただけたらと思います。仕事が大変なときだからこそ、いま決断していただきたいというのが、お答えです。

一人ひとりが周りの人に、自分なりに語ることが大切では

 「人前で話すのが苦手だし、党に入っても何もできない」
 実は私も口べたです。でも、自分の思いを周りの方にその人なりに語る、それでいいんじゃないでしょうか。これくらいならできるということを大切にして、それぞれ力を出していくことが一番です。
 日本共産党は完成された人間の集まりではないし、いいところもあれば、弱点も悩みもあるという生身の人間の集団なんです。肝心なのは、世の中をよくしていこうという思いで結ばれていて、お互い助け合い、協力しあい、励まし合って、活動していこう??こういうところなんです。「何もできない」といわれましたが、こういう会にこられること自体が、もう何かをしている一歩になっています。
 いま、ほんとうに政治がひどいなかで、みんなで声を上げて、自分なりの思いを家族に、友達に、隣の人に伝えていくことが大事になっていると思います。うまくいえなかったら「しんぶん赤旗」があります。日刊紙や日曜版を広げて、「アスベストひどいね。うちはどうだろう。学校はどうだろう」と、「新聞にこういうふうに書いてあるんだけど」と、周りの人に紙面を見てもらいながら、そうだよねって話をすることもできる。実は、そういうことが党員としての大事な活動になっているわけです。

老いも若きも声を上げて、いっしょにがんばろう

 「私なんかより若い人を。七十五歳になったんで、この年になって入らなくても。もう十年早かったら入党していたかもしれないが」
 すみません、もっと早くおすすめしなくて、という気持ちでいっぱいです。  日本共産党に入っていただくのに、年齢の上限はありません。規約で「十八歳以上の日本国民」なら、「党の綱領と規約を認める人は党員となることができる」と明記しています。入ろうと思ったら、いつでも、何歳でも入れるというところがいいところなんです。
 実際、私が住んでいる地域でも、この間、大会社の部長クラスだった七十代の方や、市民歌舞伎をやってきた八十代の方も、異口同音に「これからの余生を社会に意味あることに捧げて人生を送りたい」といわれて、すすんで入党されて、暑い中、自転車に乗って、元気に活動されています。
 そういう方々のがんばりが、後につづく私たちや、もっと若い世代をどんなに励ましているか。人生経験、知恵など、私たちにはとても及ばない豊かなものをおもちですので、大歓迎です。
 いまの政治をみますと、とにかく老いも若きも区別なく、痛みをおしつけてきています。本来ならば、戦争を体験され、戦後も一生懸命働いて、日本の社会を支えてこられたことに、ご苦労様でしたといわなければいけないときに、年金や介護保険の改悪など、まったく逆のことをしているわけです。私たちもそんな政治を変えるために力をつくしますが、その痛みを受けている世代の方々自身が、こんなことやっていたら大変だと声を上げていって、いっしょにがんばることが、とても大切になっていると思います。
 それから、息子さんや娘さん、お孫さん、ひ孫さんたちもふくめて、みんなが幸せになるように、仕事にもつけて、暮らしもなんとかなって、農業もつづけられるような、業者の方は仕事もひきついでいけるような、そういう跡継ぎのためにもがんばっていただきたいなという思いです。若い方はもちろんですが、先輩たちにもぜひ、お願いしたいと思います。

共産党は闇夜の光、もっと大きく輝いて

 最後に笠井さんは、次のように参加者に語りかけました。

 この間、「私も資本家のはしくれですが」といわれた、ある大企業の重役だった方が、私にこういいました。「笠井さん、闇夜ってわかりますか。闇夜というのは、深くなればなるほど、そのなかにある光の存在が目立って輝くものなんですよ。『二大政党づくり』なんていう日本の政治の闇夜の中で、光っている光の存在があなた方、共産党だ。これからの時代、労働者や農民や業者だけじゃなくって、企業にとっても共産党という時代が必ずきますよ。だからがんばって。絶対どんな風にもくじけずに、風を起こすような力をつくって、その光を大事にして、大事にするだけじゃなくて、もっと大きくして、もっと輝いてがんばってください。そこに日本の未来がありますよ」。こういう激励にこたえて、みなさん、がんばろうじゃありませんか。きょうは長時間、ありがとうございました。

参加者の感想から

▼難しい国際問題を非常にわかりやすくお話しいただき、あらためて意を強くした次第です。素晴らしい元気をいただきました。党員や読者拡大に全力を尽くしたい。選挙戦についても勝利し、国民が主人公の社会の実現をめざしたい。

▼大変面白いお話が満載で、とても興味深く聞かせていただきました。南米の変化と、アジアの連帯の必要性。希望が持てる、展望あるお話だったと思います。とくに、世界の人たちとの外交で交わされた会話に、平和を願う人たちの存在が実感できました。

▼世界規模での日本共産党の活動が、よくわかりました。十八歳の息子といっしょに参加しました。ことあるごとに、情勢や親の生き方を語ってきたつもりですが、笠井さんのわかりやすいお話で、日本共産党の全体像を知ってもらうことができました。将来の就職を考えている息子のターニングポイントになればと思います。誠実に語ってもらって、疑問を解いてくださって、笠井さんの人柄もよく伝わってきました。

▼日常の暮らしのなかで、落ち込むことばかりの私です。もし、日本共産党の隊列のなかにいなければどうなっているだろうか。「しんぶん赤旗」を読み、同志と話し合い、今日のように、笠井さんのお話を聞いて、未来への展望を確信させていただいて、自分を支えています。老齢ゆえ、何ほどの活動もできませんが、人間らしく、真の自由を生きがいに、これからも党員としての誇りをもって、いい生き方をしていきます。今日はありがとうございました。

▼大変感動しました。いまこそ共産党をのばし、日本を変えていかねばと思いました。私も昔は共産党は過激な党と思いこんでいました。でも年とともに、自分の考え方の浅はかさに気がつきました。絶対応援します。

▼お話を聞いて、私も自信をもって人に語れるようになりたいと思いました。余裕がなくて、ほかの人のことまでなかなか考えられない日々ですが、いろいろ勉強して、思いやりのある温かい人になりたいと思いました。さらに社会のことも、しっかりと身近な問題としてとりくめるようになりたいと思いました。

「月刊学習」2005年9月号(日本共産党中央委員会発行)