私の紹介

ほこり高き“しんがり候補”

1992年の名簿順位は25位

 私が議員になったのは二度目の選挙でした。はじめての立候補は1992年です。議員になろうなどとはまったく考えてもおらず、党本部で、平和・反核運動の仕事についていたときでした。

 当時、比例代表で当選できるのは数名でしたが、全国できめ細かく活動し、宣伝カーの台数やテレビの放映枠など法律上の権利もできるだけ拡大するために、党が選挙本番の直前に候補者を25名に増やしました。私がその一人になったのですが、名簿順位は25番目でした。

 他の政党なら、当選圏からもれたとたん活動をやめてしまうばかりか、離党騒ぎも起きかねないところです。しかし、初体験の候補者活動に私は意気軒昂でした。しんがり候補が人一倍元気なこと自体、私心なき日本共産党の姿そのものと、全国を回って訴え、けっこう演説会の人気者だったと思います。