私の紹介

政治への目覚め─沖縄との出会い

たてぶえをふく笠井

 私は1952年(昭和27年)、大阪市生まれですが、4歳のとき父の転勤で東京に移り住みました。中学へ入ったところでまた、父が大阪に転勤になりましたが、中高一貫制のいわゆる有名進学校に通っていたため、その後の4年余りは下宿暮しでした。

 一浪して入った東京大学経済学部を卒業した後、今度は農学部に学びましたが、やがて日本民主青年同盟の専従者となるために中退しました。「せっかく東大に入ったのに…」と、今はすでに他界している父が残念がったものでした。

70年安保闘争

 このように私の生き方を大きく変えた時代が、いわゆる70年安保当時、学生運動の最高揚期です。私の高校でもさかんに安保や沖縄のことが議論され、集会やデモ行進に参加する生徒もいました。私もその空気に大いに刺激を受けました。とくに核付き返還で沖縄県民の無条件全面復帰への願いを踏みにじるとともに、本土の沖縄化をもたらす「沖縄『返還』協定」の問題では、勉強を装いながら浪人中の身でしばしばデモ行進に参加しました。

沖縄全面返還 安保条約廃棄をかちとろう!

 それからまもなく、誘われて日本民主青年同盟に加入し、やがて日本共産党に入党する道筋となったのでしたが、その私が今、参議院の「沖縄及び北方問題特別委員会」の委員長を務めていることに、なにか強い縁(えにし)のようなものを感じざるをえません。