新春てい談上

(「しんぶん赤旗」2008年1月5日付より)

てい談3名
左から はたの君枝、笠井亮、塩川てつやの3氏

  日本の人口の三分の一が集中する首都圏。総選挙に向け日本共産党の笠井亮(東京)、塩川てつや(北関東)、はたの君枝(南関東)の三ブロック衆院比例候補が二〇〇八年の展望を語り合いました。


笠井亮さん 1995年から参院議員1期。2005年に衆院比例東京で当選、1期。
党中央委員、国際局次長。55歳

塩川てつやさん 2000年に衆院比例北関東で当選、3期。党中央委員。46歳

はたの君枝さん 1998年から参院議員1期。党中央委員。50歳

笠井   民意が政治動かす時代

塩川   住民要求貫く奮闘が光る

はたの   接点のない方から期待

国会は越年でも国民は

   笠井     新年おめでとうございます。日本も世界も民意が動かすという本格的な新しい時代の幕開けになるのではないかと参院選後の情勢の中で感じています。それに逆らう福田政権の姿があらわになっています。年末に都内を歩くと中小業者の方から「国会は越年できても国民は年越しできない」「このままでは日本が沈没する。頑張って」と激励されました。
   国会では越年で再延長という異例の事態です。新テロ特措法案を通そうと数の力でごり押しするようなことになれば、ますます自公与党が追い込まれるんじゃないかと思います。大きなヤマ場を迎えますので、徹底して世論と結び、新テロ特措法案の廃案へ頑張りたい。
   通常国会は一月十八日召集の話もあり、いつ解散・総選挙が行われてもおかしくない情勢ですが、最優先にやるべきは国民のくらし、年金や原油高対策、薬害肝炎の解決です。米軍への戦争支援のタダの給油よりも庶民にこそ給油をということで、意気高く各地でも訴え、国会でも全力を尽くしたいと思っています。

   塩川     郵政民営化が何をもたらしているのか、栃木県日光市の山間部に調査に行きました。六十五歳以上の人が五割以上といういわゆる「限界集落」で自治会長さんから「いままで郵便屋さんが来て金融のサービスも一緒にやってくれたけど、会社が分割されてやってくれなくなった。サービスが後退した」と話されました。自民党のいってきた「構造改革」で地域切り捨ての状況がありありと浮かび上がってきています。
    雇用問題では党国会議員団として偽装請負の告発・是正に取り組んできました。栃木県のキヤノン宇都宮の工場で働く請負労働者が偽装請負の是正を求めて立ち上がり、昨年九月に直接雇用が実現しました。光洋シーリングテクノ(徳島県)の直接雇用・正社員化は大きな励ましになりました。国民の運動が政治を動かす面白い局面です。

   はたの     首都圏は基地や農業、医療問題など共通項がありますね。山梨県昭和町の日本共産党支部が後期高齢者医療制度の中止・撤回を求める署名を集め、昨年十二月までの三カ月で有権者の一割を超える千三百人が署名しました。返信用封筒に後期高齢者医療制度の「ここがポイント」という「しんぶん赤旗」記事と署名用紙を同封して三千戸に届けたそうです。そうしたら返信が二百七十四通、直接届けてくれたのが五十通。千葉でも神奈川でも同じように、制度のひどさを知れば、怒りが広がっています。「何が『後期高齢者』だ、私たちは『元気高齢者』よ」ってね(笑い)。「しんぶん赤旗」は本当に分かりやすく報道するというので、読者が増えるんです。

米価保障へ請願広がる

   笠井    農業で首都圏は作る方でもあり、食べる方でもありますからね。

   塩川     千葉は全国三位、茨城は全国四位の農業生産高ですから。

   はたの  食の安全は食料自給率の向上とかかわっていますね。それだけに農家経営を守ることが必要です。昨年の千葉県内の九月議会で、二十三の議会に二万円の米価の保障を求める請願が出され、八つで採択されたんです。十二月議会でも採択が増えるなど運動が広がっています。加えて「品目横断的経営対策」をやると大型農家しか残らない。神奈川県秦野市の農協組合長と懇談したら、この対策で生き残れる農家はゼロだというんです。いままで共産党と接点がなかった農家の方から、都市農業を守り家族経営を支えていく日本共産党の政策に期待が寄せられています。

   笠井    内閣支持率は急落しています。福田政権は給油再開という対米公約を最優先にしながら、「消えた年金」問題で一人残らず解決するという国民との公約は忘れたふりをしてやる気なし。財界が求める消費税増税の地ならしには熱中するが、C型肝炎の問題でも原告に寄り添った解決を避け続けた。軍事利権が問題になっているのに、軍事費の聖域にメスを入れない。大企業中心、アメリカいいなりの自民党政治の本性と、その自民党とも連立可能な民主党という状況での新年のたたかいは、くっきり分かりやすい構図になっていますね。


自民党政治どう崩すか


   塩川     地方交付税の問題については参院選後に地方自治体から、小泉「改革」で五兆円削減した地方交付税を元に戻せというのが共通要求になっているわけです。
    年末に国土交通省の関東地方整備局が関東地方のダム計画の見直しを発表しました。首都圏各県にかかわる八ツ場(やんば)ダム事業や栃木県の思川開発事業、霞ケ浦導水事業(茨城県)の工期を五年延長する。「(八ツ場ダムの)治水効果はほとんど望めない」というのが国交省の答弁です。国政でも地方政治でも一貫してムダな大型開発を告発・是正してきたのが日本共産党です。地方政治の場でも「住民が主人公」を貫く日本共産党ならではの奮闘が光っているときだと感じています。

   はたの     昨年、神奈川県医師会長、横浜市医師会長をはじめ医師会と懇談しました。この間、国が医学部の定員を削減してきたため若い医師が減っています。産科、小児科だけでなくチーム医療を行う脳外科なども今後手術が成り立つかというほど大変だそうです。志位和夫委員長がテレビで社会保障費が毎年二千二百億円削られていると追及したことについて「よくいっていただいてありがたい」というんです。
   横浜建設業協会とも懇談し、中小業者が地域密着型の公共事業を受注できるようにすべきだと意見が一致しました。

   笠井    東京では二〇一六年オリンピック開催が三環状道路(圏央道、外環道、中央環状道)など大型開発推進の錦の御旗になっています。一方で石原都知事は知事選で公約した都民税の減税を撤回する態度ですね。その一方、年末には建設労働者の命綱である建設国保の国助成を満額確保できました。財務副大臣が「努力するがむずかしい」といっていたが、頑張って声をあげていけば一歩でも二歩でも進むんですね。しかしまだ自民党政治の古い体質は変わらない。そこをどう崩すかのたたかいになってくると思います。 (つづく)



新春てい談-下

(「しんぶん赤旗」2007年1月6日付より)

日米軍事の拠点許さず

笠井亮
笠井亮

笠井   被爆者の母の教え受け


   はたの君枝    昨年十二月にキャンプ座間の米陸軍第一軍団前方司令部が発足しました。座間市では市民過半数の六万、相模原市で二十一万の反対署名が集まったのに負担を押し付ける。キャンプ座間は有事になると陸海空海兵隊の四軍全部の司令部となります。首都圏エリアですでに訓練している陸上自衛隊の中央即応集団、その司令部が朝霞(埼玉県)から二〇一二年までにキャンプ座間に移転します。
   米海軍横須賀基地の原子力空母母港化の問題でも、二〇〇六年に続き再び住民投票条例の直接請求運動が進んでいます。

   笠井亮    米軍再編のなかで首都圏の基地が強化されているし、特にミサイル防衛の関係で位置づけがあると思いますね。PAC3(地対空ミサイル)が配備されるのも埼玉・入間、千葉・習志野、茨城・霞ケ浦、神奈川・武山の四カ所の自衛隊。首都の防衛を想定し入間のPAC3を東京に持ってきて訓練するという計画があり、反対の声をあげて防衛省に申し入れたら年末にやるといっていた計画が延期されました。

   塩川てつや   首都圏では在日米軍基地と同時に、自衛隊強化、陸海空の日米軍事一体化の問題があり、これに対する取り組みを強めるときですね。首都圏は沖縄に次いで米軍基地が多く、自衛隊の海外派兵を担う中央即応集団司令部(朝霞駐屯地)傘下の部隊は大宮、宇都宮、習志野、木更津などいずれも首都圏の駐屯地に置かれています。
  茨城の自衛隊百里基地で米軍再編に伴う日米共同訓練が昨年十月に行われましたが、沖縄の負担軽減といいながら嘉手納ではなく青森の三沢から米軍機F16が来るわけです。三沢の米軍部隊はイラク戦争の現地攻撃に参加していた部隊です。報復戦争の実戦部隊と一緒に自衛隊機が訓練するということが自衛隊の海外派兵部隊化を端的に示していると思いますね。

   笠井     昨年十一月に補給艦「ときわ」がインド洋から日本に帰ってきました。二カ月給油をやっていないからといって世界から非難などまったくない。米国と一蓮托生(いちれんたくしょう)で給油を再開したいとあくまで日米同盟にしがみつくのは日本ぐらいですよ。

生活変えるエネルギー

塩川てつや
塩川てつやさん

母が初めて会った党員は   塩川

   塩川    国民が政治を動かすということでは、被災者生活再建支援法改正が臨時国会で一番のうれしい成果でした。「ねじれ国会」というけど、もともと国民の要求と自公が多数の国会がねじれていたわけだから、現状は「民意とのねじれ是正国会」なんですよね。
   昨年九月、関東を横断した台風の被害で孤立集落が出た群馬県南牧村に行きました。大雨で川があふれて道路が寸断されたところを歩いて被災者のお宅を訪問したんですけど、仏壇と夫の位牌(いはい)だけ残して家財道具が流された七十代の独り暮らしの女性が「夫が守ってくれた」と。ここで住み続けたいと訴えておられました。そういう被災者を応援するという被災者生活再建支援法の意味があったと思うんです。
   ただ、南牧村の場合は被災家屋が法の対象となる十戸に届かなかった。十戸未満でも国と同等に支援される制度を自治体がつくるようそれぞれの都県で地方議員団と力をあわせて前に進めていきたいと思っています。

   はたの     十三年間候補者・議員活動をしていますがいま党の綱領と国民の生活実態がかみ合ってきていると実感しています。神奈川では若者が「お仕事実態調査」をやって県に『若者労働ガイド』を八万部作らせました。くらしの大変さを変えようという実践とエネルギーがあふれています。

   笠井    自民と民主の「大連立」協議で、選挙での選択、投票と政党という関係について非常にはっきりしたのではないか。自民、民主の片方だけではできないような国民の願いに反する海外派兵恒久法や消費税増税をやるために連立しようとしていると、きちんと話して知らせていけば分かってくれる。攻勢的にやれる解散・総選挙になるんじゃないでしょうか。


「マーロ」が国会に必要

はたの君枝
はたの君枝さん

はたの   いい世の中へ頑張った父

   塩川    私は埼玉の日高市の農家で生まれまして。タヌキは見たことあっても共産党員は見たことがありませんでした(笑い)。世界に飢餓や貧困があるのはおかしいと思いながらどうしたらいいか分からない。大学で日本共産党と出合い、軍事同盟をやめ非同盟に進むという訴えが新鮮であり、入党したきっかけです。 戦前のアカというイメージを持っていた母が初めて会った共産党員は自分の息子だった(笑い)。「お前がニンジンが嫌いなように私は共産党が嫌いなんだ」、理屈じゃないというんですね。でも私はいまニンジンが食べられるようになったし、食わず嫌いだったと。いまでは母も応援団です。
   先輩たちが戦前、命をかけて侵略戦争に反対を貫いたたたかいは、戦後の反戦平和、主権在民の願いが込められた憲法に体現された。その日本共産党の党名は誇りをもって訴えていきたいです。

   はたの     私の父は戦後、レッドパージでクビを切られ、うんと苦労したんです。軍国青年だった父は本当にいい世の中をつくりたいと思って、共産党員として労働組合運動とか頑張った。父がケーキを買おうと思ったら一円足りなくて「買えなくてごめん」といわれ、切なかった覚えがあります。母は東京大空襲の被災者なんですよ。貧乏と戦争をなくしたいというのが原点で、私は十八歳で党に入ったんです。

   笠井    私はサラリーマンの父と被爆者の母という家に育ち、父は「まじめに人に尽くせ」、母は「地獄のような悲劇を繰り返させるな」と教えてくれた。その結論として選んだのは、まじめに人に尽くし核兵器廃絶・平和を貫く日本共産党に入ることでした。
   青年時代に民青同盟代表でハンガリーに駐在し、旧ソ連の横暴とたたかう経験をしました。ソ連のアフガニスタン侵略は正しいとか、ソ連代表がみんなに支持を押し付ける状況に私一人が反対する。そのときついた私のあだ名が「マーロ」でした。スペイン語で「悪いやつ」だけど「本当はいいやつ」。内心、ソ連のやり方はおかしいと思っていた各国代表の日本共産党への思いでした。
   いまの国会には、自民党の横暴と対決し政治を転換する「マーロ」が必要。その存在を強く大きくしなきゃいけない。人口千二百万人の東京は二議席以上に向け前進の先頭に立たなければなりません。その責任の大きさをしっかり胸に刻み頑張っていきたい。

   塩川    北関東ブロックの定数二十に共産党一人では少なすぎる。倍増が必要です。

   はたの     南関東で志位委員長の議席を守り抜き、大森猛さんの後を引き継いで何としても議席を奪還、前進できるように奮闘したいです。 (おわり)