(2013年5月号「前衛」より)

[インタビュー]

即時原発ゼロ、再稼働反対のうねりをさらに広く、強く

──国民世論に背く安倍政権の新「安全神話」の無謀 (1)


笠井 亮
(衆院議員、党原発・エネルギー問題対策委員会責任者)

東電・福島原発事故は真っただ中

 東京電力福島第一原子力発電所の事故から二年を迎える直前の三月九日、日本共産党は、志位和夫委員長を団長に、高橋千鶴子衆院議員、紙智子参院議員、党福島県議団と、私も加わって、発電所の現地を視察してきました。

 楢葉町と広野町にまたがるJヴィレッジに午前一一時頃に到着し、富岡町を通って福島第一原発に向かいました。正門から発電所に入り、まず復旧作業の拠点となっている免震重要棟にいき、専用バスに乗り換えて発電所内を回りました。まず、工事中の多核種除去設備(ALPS=アルプス)などをまわり、汚染水タンクで降車して視察。汚染水処理設備制御室を経て、4号機の原子炉建屋の最上部にあがり、そこから3号機もみた上で、4号機、3号機、2号機、1号機の海側を車で通過し、乾式キャスク保管庫から5号機、6号機をまわって、地震で倒壊した夜ノ森線鉄塔を目視し、再び免震重要棟に戻ってくるというコースでした。Jヴィレッジに戻ったのは午後五時過ぎでしたから、かなり時間がかかりました。

 実は、この視察を実現すること自体がたたかいでした。かねてから党福島県議団が東京電力に申し入れ、粘り強く努力してきたなかで、ようやく先方から三月九日に受け入れるとの回答がきました。問題は、何をどう視察するかです。

 東電側は、当初、通常の視察と同様に四〇分間コースで車内からさっと見るという提起でした。私たちは、「この場所で降車して視察する」というように具体的な提案もして交渉もしました。その結果、視察時間は八〇分間になったわけです。

 また、この直前にマスコミへの公開をおこなったとき、東電は「しんぶん赤旗」を排除し、批判を浴びたという問題がありました。その経過も踏まえて今回の視察には、取材と写真、動画撮影も実現させました。4号機の建屋の最上部に上がったのは、政党党首としては、日本共産党が初めてということでした。


高い放射線量、「収束」にほど遠い現実

 福島第一原発を視察して痛烈に実感したことは、一言でいって、事故は「収束」とは程遠いもので、事故は「ing」、進行形の真っただ中ということです。

 私たちは、Jヴィレッジでホールボディカウンター検査を受けたあと、防護品装備(靴カバー、綿手袋、ビニール手袋、サージカルマスク)を着用しました。そうやって福島第一原発に移動した後、さらに免震重要棟で防護服(タイベック)に着替えて、全面マスク、厚い靴下を二重に履いた上に専用靴にカバー、綿手袋に二重三重にゴム手袋を着用するという念の入れようでした。

 汚染水タンク視察の後、4号機原子炉建屋にバスが近づくと、線量計の値が「毎時四〇マイクロシーベルト、五〇、一〇〇」と読み上げられます。バスを降りると目の前には、水素爆発によるコンクリートの割れ目、むき出しの鉄骨、壊れた配管類が全面マスク越しに目に飛び込んできます。かつて中東でみたことのある空襲を受けた建物のようでした。

 その4号機建屋の事故後に外付けされた仮設の作業用エレベーターに乗って約一分、吹きさらしの最上部にたどり着きます。最上部といっても、爆発で建屋の上部が吹き飛んだためで、元はといえば七階建の五階部分。一五三三本の燃料棒が保管されている使用済み燃料プールを上から見ると、蓋の間から水面が見えます。設置された放射線量計の数字は、「二七八マイクロシーベルト」。北側のすぐそばの3号機の影響とのことでした。

 水素爆発で曲がり、さびて赤茶けた鉄骨などが鳥の巣のようになっている3号機建屋の無残な姿は、これぞ世界最悪の原発事故の現場そのものです。すぐ一〇メートル先の足場では、防護服に全面マスクの作業員たちが、ようやく今年一一月から始める計画の4号機燃料取り出し用施設の鉄骨工事の最中でした。

 その後に通った1〜3号機は、もっと深刻な状況で、原子炉内の溶融燃料を冷やす設備は総延長四キロメートルものホースで結ばれ、絡まりあった様子が見えてきます。3号機タービン建屋付近では、「毎時一〇〇〇マイクロシーベルト超」。一時間で一般人の年間被ばく限度(一ミリ=一〇〇〇マイクロシーベルト)に匹敵します。一八〇〇ミリシーベルトにもなるときもあり、放射線量の高い1〜3号機では作業も困難との東電の説明でした。


増え続ける汚染水、深刻な課題に

 とくに深刻なのが汚染水問題です。炉心溶融(メルトダウン)した原子炉を循環冷却する水が溶融燃料からとけだした放射性物質で汚染されています。しかも建屋地下には、地下水が毎日四〇〇トンも流れ込んでおり、原子炉から放出された放射性物質と混じって新たな汚染水となり、これも毎日増えつづけています。地震や水素爆発で破損している可能性がある格納容器の水漏れ修理も困難なままです。地下水が、どこからどうやって流入してくるかは、いまだに不明で、揚水井戸は掘っていますが、流入を遮断できていないということでした。

 この汚染水は敷地内にある八一四のタンクに保管されていますが、敷地内に林立する巨大なタンク群は、まるでここが原発というより、汚染水貯蔵庫であるかのようでした。いま増設している高さ一一メートル、容量一〇〇〇トンのタンクも、二日半で満杯になってしまいます。東電側の説明では、すでに汚染水の貯蔵量は二七万トンにも達しており、今後、敷地いっぱいに増設しても七〇万トンが限界で、あと二年程度であふれる危険に直面しています。  東電は、汚染水から放射性物質を取り除くということで、多核種除去設備(ALPS)を建設中でした。これによって、ストロンチウムなど六十数種の放射性物質を除去することができるといいますが、それらが除去できたとしても放射性物質トリチウム(三重水素)は除去できません。

 東電は、そういう汚染水を最終的に海に放出することを狙っており、このことを否定していません。海洋に大量放出すれば、魚などに取り込まれて人間の体内被ばくにつながるという深刻な問題です。汚染水対策は、いまだ見通しのない真っただ中にある重大課題ということを改めて実感しました。


低劣な労働条件の改善は喫緊の課題に  

 免震重要棟の緊急対策室では、志位委員長が、緊張した面持ちの東電の福良昌敏・第一原発ユニット所長から、「ひとことあいさつを」と促されて、部長クラス、職員の前であいさつしました。鉛製の板で窓がふさがれた大きな部屋で、二交代で緊張とストレスのなか長期間仕事をしています。免震重要棟の廊下には、「頑張ろう」「一刻も早い収束を」といった檄がたくさん張り出されていました。それにも励まされながら困難な仕事にあたっている人たちです。

 志位委員長は、「非常に過酷な条件のもとで、収束から廃炉に至る長い一日一日を、力をつくしてご苦労されているみなさんに、心からの敬意を申し上げたい」とのべ、「廃炉に至る過程まで、非常に長く続く困難なプロセス、人類にとっても初めての未知の困難がたくさん予想されることと思います。この事業は、もちろん東京電力のみなさんが責任をもっていくわけですが、国も一体となって、日本の英知を結集した一大事業として取り組んでいかなくてはならない。そういう位置づけで、私たちも国政にあるものとしてがんばっていきたいと思いますので、現場のみなさんから、さまざまなご意見やご要望が国に対してあれば、なんなりといっていただきたい」とあいさつ。「なによりも、作業員の方々をはじめ、みなさんの健康管理、安全管理を万全におこない、とくに作業員の方々の労働条件をよくしていくことがなければ、この事業は成り立ちませんので、ぜひその点も力を尽くし、互いに取り組んでいきたい」と結びました。

 このあいさつに福良ユニット所長は、「温かいあいさつありがとうございました。私たちもこれを励みに、安全第一で廃炉に向けてがんばっていきます」と応じました。最初は、とても緊張した雰囲気だったフロア全体から大きな拍手があり、なかには目頭をぬぐう職員も見受けられました。  現場では、労働者三七〇〇人が収束と廃炉のために働いています。連日、防護服と全面マスクなどを身につけての過酷な作業を続ける労働者の健康と安全が心配です。積算線量のチェック体制など、十分な対応が求められています。今回の八〇分の視察だけでも、私の線量計は、六六マイクロシーベルト(積算被ばく線量)を表示しました。作業員の安全、健康管理に万全を期し、低劣な労働条件を改善することに全力をあげなければなりません。


「収束宣言」の明確な撤回が出発点  

 こうして発電所内を視察して免震重要棟に戻り、防護服や全面マスク、靴カバー、靴下、手袋を脱ぎ、汚染チェック、バスもスクリーニングを受け、再びホールボディカウンター検査で被ばく状況を確認して視察を終了しました。 いまだ、こんなに深刻な事故の現状を、一昨年一二月に「原子炉が冷温停止状態に達した」として「収束宣言」した野田民主党政権の責任はきわめて重大です。「収束宣言」によって、事故の究明、対応、被災者支援などすべてをあいまいにして中途半端にさせてきたからです。

 では、安倍政権はどうかといいますと、この事故について直視し、正面から立ち向かおうとする姿勢がまったくみられません。

 安倍首相は、当初、今通常国会冒頭一月三一日の衆院本会議で、前政権の「収束宣言」について志位委員長に問われて、「専門家による緻密な検証作業を経た上で、原子炉の客観的な状態として、冷温停止状態の達成を確認したもの」と肯定的な答弁すらしています。根本姿勢は、民主党政権と同じということです。

 その後の衆院予算委員会では、二月八日の私の質問にたいして、避難している福島県民の気持ちを考えれば、「原発事故が収束したとは簡単に申し上げられない」とのべ、さらに、三月一三日の高橋千鶴子議員の質問に、「安倍政権として収束という言葉を使わない」と答えました。しかし、原発事故そのものについては、相変わらず「冷温停止状態」という認識で、真剣に向き合おうとしていません。汚染水問題についても、重大視する姿勢はみじんもありません。事故が「収束」していないというならば、原発の再稼働や推進政策などとれないはずですが、まったく矛盾に満ちた態度です。このもとで国・東電は、この六月には、「福島第一原子力発電所1〜4号機の廃炉措置等に向けた中長期ロードマップ」の前倒し′v画を策定しようとしています。

 地震、津波のどういう影響をうけて過酷事故がおこり深刻化したのか、いまだ高い放射線量によって困難な作業が続き、汚染水が増え続けていることなど、さまざまな問題に直面している福島第一原発事故は、いまも進行形です。

 私たちの視察から九日後、三月一八日の停電事故で、1、3、4号機の使用済み燃料プールの冷却システムが三〇時間近くも停止するというトラブルの発生は、そのことをまざまざと示しました。膨大な使用済み核燃料は崩壊熱を出し続けていて、長時間にわたって冷却できなければ、燃料が溶け出して放射性物質を拡散させるなど、重大事態につながるものです。この重大な事故を「事象」といい、ねずみ感電のせいにしている東電の姿勢は許されません。

 だいたい、停電事故の原因になったとみられる配電盤は、二年前の事故直後から屋外に置かれたトラックの荷台に仮設されたままで、停電に備えたバックアップ電源の態勢もありませんでした。私たちが視察で確認した通り、汚染水の貯蔵タンクも配管もすべてが仮設状態です。しかも停電の発表は三時間後。これで到底、安全に責任を負える体制でなく、事故を起こした東電の体質がまったく変わっていないことが、福島県民をはじめ国内外にさらけ出されました。

 「事故は終わっていない」。だからこそ福島県議会は、一昨年、昨年と続けて、全会一致で「収束宣言撤回」、「真の収束の早期実現」を求める意見書を採択しているのです。意見書は、次のように厳しく指摘しています。

 「事故の実態は、@原子炉の燃料が溶け落ち格納容器に漏れ出ていると見られ、その燃料がプラントのどの部分に溜まっているのかさえ確認できていない。A溶け落ちた燃料が冷却されているかは底部の温度の計測による判断であり、温度計は二〇度近くの誤差がある。B冷却装置は仮設のシステムであり、汚染水が溜まり続け、度々処理水が漏洩するなど、安定したシステムといえない。このような状況にもかかわらず、『収束宣言』したことは、当県の実態を理解しているとは言い難く、避難者の不安・不信をかき立てる事態となっている。今後も引き続き、真の収束に向けて、自治体や地域住民との話し合いを繰り返し、住民の思いを実現するよう対応することが極めて重要であり、原子力発電所の安全確保は住民帰還のための最低条件である」。

 すべての出発点は、政府の「収束宣言」をきっぱり撤回することです。安倍政権に、あらためて「事故は収束していない」と明確に宣言させ、福島県民すべてが故郷を取り戻すまで、事故収束と福島原発一〇基すべての廃炉、除染と全面賠償を徹底的におこなう責任を、東電と国に最後まで果たさせることです。